越境リーダーシップ Meet up “Experience!”とは、新たに開発された価値創造に繋がるプログラムやメソッドを体験し、実践的な内容にアップデートしていくための実験的な取り組みです。今回は、「越境リーダーシップ」プロジェクトとウィルソンラーニング ワールドワイド株式会社が共同開発を進めている「越境リーダーシップ体験プログラム(仮称)」(カードゲームによる疑似体験プログラム)の体験セッションを開催しました。そのセッションの様子をレポートします。
体感することで理解し、挑戦へのきっかけにつなげたい
越境リーダーシップではこれまで、大企業にいながら社会的な価値創造を共創する個人を「越境リーダー」と呼び、彼らの実践知の分析と体系化を図ってきました。これまでに蓄積された価値創造の知見を、もっと多くの人が体感レベルで理解し、行動に移すきっかけをつくりたい。そして、組織内での相互理解を深め、共通認識を形成することで、組織全体が新たな挑戦に寛容な組織に変容するきっかけとなるツールをつくりたい。こうした思いで、カードゲーム「越境リーダーシップ体験プログラム」の開発を進めています。
ゲームの大まかな内容は、1チームを一組織として、リソースや資金を集めながら事業アイデアの実現や新規事業の創造・拡大に向けてチーム内外で協力し行動していくというもの。同時に個人で実現したい未来像が書かれたカードも一人ひとりに配られるため、参加者は組織としての目標達成だけでなく、個人で目指す未来の実現のためにも行動します。ゲームを通じて組織の中から価値創造をしていくために必要な考え方や行動特性を体感できる設計です。
目指すは「個の志の達成」。個人が組織を巻き込む方法を体感する
既に越境リーダー的な活動をしている方や、これから新規事業創造に挑戦される方まで、職務や年齢も多様な約20名が参加しました。ランダムに5チームに分かれ、各チームは化学メーカー・建築メーカー・航空会社・国際NGO・銀行など、異なるジャンルの組織という設定でゲームが始まりました。
はじめに、各チームでマネージャー役を一人決めます。マネージャーは予算権限を持ち、メンバーに指示をしながらゲームを進めます。現実社会と同様、マネージャーの判断で事業の方向性が決定するので、何か行動を起こす際には、マネージャーの説得が必要となります。
残りの参加者は、それぞれ「志カード」を一枚選びました。志カードには、例えば「地域共生の新規事業をつくる」など、個人として実現したい未来像が描かれています。志カードは人に見せることができないため、人に協力を求めたり、交渉をする際には、自分の言葉で志を語らなければなりません。組織を動かすために『いかに共感や信頼を得ることができるか』が大事なポイントとなります。
このカードゲームの最大の目的は、参加者一人ひとりに『個人の想いを起点に価値創造を行うための考え方や行動を理解してもらう』こと。そのためゲームのゴールは『チームの利益拡大』ではなく『個人の志の達成』です。組織の境界問わず、いかにヒト・モノ・カネを効果的に使うことができるかが重要です。
各チームには事業カードとリソースカード、資金カードが配布されます。リソースカードや資金カードを集めて組み合わせることで、事業を形にしたり新規事業を立ち上げたりすることが可能です。事業を形にするのに必要なリソースカードや資金をファシリテーターへ提出すると、対価として資金やリソースが手に入り、組織の利益は拡大します。また、リソースカードを組み合わせて新規事業を創造することもできます。ただし新規事業カードの数は限られているため、組み合わせた条件が異なる場合や、他社が既に立ち上げている場合は立ち上げ失敗となり、資金の一部を失います。新規事業の立ち上げは高いリスクが伴うため、挑戦するにはマネージャーを含めた周囲の説得が必要となります。
ゲームは、計画タイムと行動タイムを4回繰り返して進んでいきます。
計画タイムは、事業をどのように進めるかチームで話し合う時間です。行動タイムは会場内を自由に移動し、他チームと交渉できる時間になります。1ターンごとに人件費として2億円減っていくので、会社を存続させるためには毎年それ以上の利益を出す必要があります。
スタートが告知されると、各チームで限られたリソース・資金の使い道の話し合いが始まりました。組織としての利益拡大を追求しながら、各々の志の達成を目指して戦略的にカードを切る場面は、現実のビジネスさながらです。序盤は、既存事業の実現のために動くチームが多く、順調に売り上げを拡大していきました。
2ターン目からは組織間の交渉が活発になり、新規事業の創造に成功するチームも増えました。筆者が参加したチームでは個人の志を共有し合う時間を設け、リソースの配分の優先順位を決定しました。自分の志と他のメンバーの志をすり合わせることで、限られたリソースをより効率的に使う方法を検討し、新規事業の創造もできました。
ゲーム終盤、場全体にあるリソースが少なくなってくると、組織をまたいでリソースを共有して合同で新規事業を立ち上げるところも出てきます。変化する状況と限られた時間の中で、時に組織外に仲間をつくりながら、参加者一人ひとりが主体的に次の一手を導き出す姿が目立ちました。結果として、全体的な売り上げは2・3ターン目で伸び、最終ターンで横ばいか減少、個人の志は参加者のうち4分の一が達成できました。
己を知り価値創造につながる考え方を知る
「この結果を生み出したのは一人ひとりの行動と、その奥にある価値観。ゲーム中の変化を振り返ることで、自らの行動特性やメンタルモデルの理解と、価値創造に効果的な行動の発見につながります」とファシリテーターの福井さん。
自身の志を達成できた/できなかった要因は何か、チームでどんな動きの変遷があったのかを分析し、体験を深化させていきました。
以下は筆者が参加していたチームで出た意見ですが、普段の価値観や組織での立ち位置がゲーム中の行動に表れていることが分かります。印象的だったのは、個人の志の実現を目指していたしても、所属する組織の価値観(特にトップに立つ人の価値判断)が個人の行動に強く影響するということ。同時に、一人の越境的な行動が組織全体のマインドの変革を促す可能性がある、という発見もありました。
・「既にある事業アイデア(既存事業)の実現にリソースを使うことを優先したために、自らの志を達成する機会を逃した」
・「新規事業を立ち上げれば、既存事業の実現に必要なリソースを生み出すことができる、とマネージャーを説得すれば良かった」
・「既存事業の売り上げ拡大に集中しすぎて、後半にリソースが減り、新規事業の創造が難しくなった。はじめからもっと柔軟な判断をすればよかった」
・「日頃から越境しながら価値創造を実践しているメンバーが、自らの志だけでなく、対話をしながら他のメンバーの志の実現のために行動しているのが目立った。その行動から組織全体が共創のマインドにシフトした」
全体で出た意見には、価値創造のための理想的な組織のあり方や、組織の境界を超えた共創の意義について、様々な示唆がありました。
・「進行するにつれてリソースが減っていったので、自社の利益だけを考えるのではなく、社会全体に視野を広げて協力体制を築けばよかった」
・「最初に既存事業の実現に成功していて、資金やリソースに余裕があったので、その後も個々人の志に投資するゆとりがあった。組織としてゆとりがあるかどうかは、新規事業創造の成功に影響するのではないか」
・「他社間で行われている取引が全体に共有されていないのはもったいないと思った。その中に新規事業のヒントがあるし、もっと共創の可能性があったと思う」
・「3社合同で新規事業を立ち上げることで、志を実現した。それぞれの目的を実現するために利他的に動くことで、効率的にリソースを集めることができた。社会にあるリソースは限られているので、いかに組織間のニーズを一致させて共通のゴールに向かって動けるかが鍵になる」
セッションの感想:明日からの実践に活かせるか?
価値創造を興すために必要な行動や考え方をイメージし、体感してもらうことで、明日から挑戦する人を増やすことを目指したこのゲーム。プログラムを通じて、参加者はどんな気づきを得たのでしょうか。志を周囲と共有する大切さ、そしてチャレンジを促す環境づくりの大切さについて多くの感想が寄せられました。
・「自分のやりたいことを組織内外で言葉として伝えることが大事だと分かった。そうすることで協力者が現れるし、自分も他人に協力できて、同じ想いを持った人同士でシナジーが起こせる」
・「志を共有することの大切さと、失敗してもトライすることの大切さを学びました」
・「チャレンジを促す環境づくり、トップのコミットメントが大事」
・「志やビジョンを共有すれば少なからず仲間ができて、リソースが集まり、事業が立ち上がる」
・「組織内のコミュニケーションツールとなり得る。実際のビジネス完遂にはこれに加えて実行力なども必要になってくるが、意見の多様性を理解できる」
・「今いる世界・環境が絶対なわけではないことが体験できるので、マネージャーの意識改革などにつなげたい」
・「新しい価値創造を起こすには、早く意思を伝えて動くことが大切だと実感した。動きながらまた修正して進んでいけばいいと知った」
・「自分が越境したり、事業の柱として進める中で、引っかかるポイントに対して勇気付けられることが多かった。その共有が可能になる気がする」
筆者後記
初めてのカードゲーム体験、まわりの状況にあわせて自分の考えや行動がどんどん変わっていくのがとても面白い感覚でした。個人と組織と社会(会場全体が小さな社会)に密接に結びつき影響しあっていて、たった一人の行動でも風景がどんどん変わることを体感しました。越境リーダーシップが提唱している「個人の想いを起点に価値創造を行う」ということの意味を実感したと同時に、組織に所属しながら価値創造を実現するには、個人の志、所属する組織のリソース、そして社外との関係性、これら3つをどう捉え、そしてどんな行動に移すかが大きく影響している、と体感できるセッションでした。
(TEXT&PHOTOGRAPH:寺井彩)
この記事を
シェア