「越境リーダーシップ Meet Up LIVE!」第10回は日本ユニシスの田中美穂さんをお招きして開催しました。田中さんは営業・コンサルタント・経営企画を経験した後に、2012年から全社のイノベーションを推進する取り組みを担当。現在は、お客様とベンチャー、スタートアップを含めたパートナーと創り上げるオープンイノベーションな事業戦略の立案・推進を行われています。イベントの中でも特に印象的だったところをハイライトとしてレポートします。

※「越境リーダーシップ Meet up LIVE!」とは、自らの想いを起点に境界を越境しながら価値創造に挑戦する「越境リーダー」を毎回一人招き、現在進行中の活動、これからの展望を伺い、実践者同士の創発につなげていくための取り組みです。

ただ紹介するのではなく、相手が受け入れやすい方法で伝える

「最初は何をやればいいのか、わからなかった。」と話す田中さん。2012年は、オープンイノベーションに取り組む企業も少なく、やり方を模索するところから始まりました。展示会に行ってみたり、シリコンバレーに視察に訪れるなど試行錯誤を重ねる日々。

面白そうな事例を集めて社内に紹介しても最初の課題は「営業のみなさんに興味を持ってもらえなかった」ことだったそうです。これには参加者の多くが、頷いていました。確かに営業担当者は常に、利益を生むことのために行動しなければなりません。やったことのない、利益が出るかもわからない新規事業に注力するよりも、収益が確実にわかる既存の事業に集中してしまうのは、多くの企業が悩んでいるところなのでしょう。

そんな状況でも田中さんはコミュニケーションに工夫を重ねることで、相手の心を動かし、ひとつひとつを実績にしていくステップを着実に積み上げていく努力をします。例えば面白いと感じたベンチャー企業を見つけたとき、保有する技術やサービスに関する情報のみを端的に伝えるのではなく、自分が面白いと思った点も含めて相手の関心に合わせたアイディアの素案に紹介方法を変えたところ、興味を持ってくれる社員が増えたそうです。

このような地道なコミュニケーションの結果、徐々に社内にはイノベーションに関心を持つ人も増えだし、チャレンジへの前向きな意識が醸成されていきました。役員・マネージメント層を交えたさまざまな勉強会が開催され、2016年にはついに「オープンイノベーション推進室」という正式な部署が発足されました。

秩序の中のグレーゾーンから柔軟に可能性を見出す

しかし、その後も決して順風満帆ではなく、アイディアを出しても「それ売れるの?」と社内で突き返されてしまうこともあったそうです。そこでもう一者、POCやファーストユーザーになってくれる企業と必ず組むことで、提案を通しやすくしたそうです。ご友人たちは「トリックスター」と田中さんを例えます。「トリックスター」とは神話や物語の中で、神や自然界の秩序を破り、物語を展開する者と定義され、世界の秩序を破るという側面と人間界に知恵や文化的恩恵をもたらすという2つの側面を持ちます。

「企業には経営判断を仰ぐのに必ず稟議規定が存在し、熟読すれば必ず立案ストーリーや戦略が見つかる」と身を持って経験し、企業の従来の慣習に縛られず新しい知恵(イノベーション)をもたらしたご活躍ぶりは、本当に「トリックスター」だと感じさせてくれます。一方で新規事業を考える立場としては、社内の規定や社会制度を理由に諦めるのではなく、既存のルールを味方につける方法を見出すことが重要だと感じさせてくれるお話でした。

他にも経営層により一層のご理解をいただくために、心がけているのは「ベンチャー企業のトップと自社の担当役員に必ず面談を調整し、相手の会社にこちらから足を運ぶようにする」こと。すると面白いことに、その役員の方は、ベンチャー企業を訪問したことを既存のお客様に話したくなるそうです。それがきっかけで、話が広がり、物事も進めやすくなるのだとか。意外な効果ですが、人に関心を持ってもらうことがイノベーションを起こすために、いかに大切なのか、ということが伝わりました。

わからないことは「わからない」と聞き、協力者を増やしていく

越境リーダーシップvol.2では価値創造に必要な人材として「起承転結人材モデル」が紹介されています。田中さんは、このモデルでいう「起」から「承」「転」までほぼ担当されています。「承」の人材は「起」の人の着想を、構想に落とし込みKPIなど目に見える形で推進していくなど、理論的に体系立てつつ、人を巻き込む力が必要となる難しい役割を担当します。どのようにして、その能力を身につけられたのでしょうか?

意外にも「そんなにいろんなスキルを持っているわけではない」と田中さんは言います。「きっかけづくり」は得意だけれども、その次の具現化・推進していく工程はあまり得意ではないので、一人で抱え込むのではなく、チームで分け合うようにする。そうすることで、お互いに得意を活かし、苦手を補完しチームでの多様性を活かして進められるようになりました。

また、とにかくわからないことには勇気を持って「わからない」と聞く。社内に限らず、社外の方にもとにかく聞き、できれば書いてもらい、資料化するところまで巻き込む。すると最終的に事業が推進できる状態になる。田中さんご本人は真ん中でニコニコ笑ってて、周りの人がどんどん巻き込まれていくので、昔から周りの人には「台風の目」とよく言われているそうです。「苦手を無理せずに、協力者を増やしていく」ということが田中さんが「承」を実現できる人材となった理由の一つなのだと思いました。

日本のイノベーションは遅い??

イベントの後半は対話セッションを行いました。その中の一部をご紹介します。

ー田中さんが「怒る時」ってどんな時ですか?

田中さん:やる気のない人とごまかす人には心が沈みます。「努力しない人」って嫌じゃないですか?本気じゃない・覚悟のない人は基本的に苦手です。

ー会社のため、自分のため、仲間のためなど色々あるかと思いますが、田中さんは、何を思って普段お仕事をされていますか?

田中さん:思い直す機会もあるかもしれないけど、一度「苦手」と口に出してしまうと、距離ができてしまいます。逆に、「あ、楽しいな・面白いな」と思えたら興味が増すこともある。3つ(会社、自分、仲間)のうちどれが大切かと言われたら、全部です。仲間という意味では、一緒に取り組んでくれている社外の方に対する責任はすごく感じています。

ーどうやったら日本のイノベーションのスピードが上がるのでしょうか?

田中さん:日本のイノベーションって、遅いでしょうか?日本はそういうやり方だというだけではないでしょうか。日本人のように「わかり合わないと動けない」文化もあれば、「よくわからないけどやっちゃう」文化もあるかもしれない。そういう文化なだけであって、遅いとあせらず、あきらめないで確実に一歩ずつ積み上げていければいいのではないかと思っています。

筆者後記

全体的に実務的な学びが非常に多い回で、最後は参加者の質問が止まらないくらい盛り上がったのですが、実を言うと私自身にはあまりピンとこない部分もありました。理由はおそらく自分の経験にあると思います。私はソフトバンク株式会社でキャリアをスタートしたのですが、そこでは社長がいちばんイノベーティブで、むしろ周りがついていくのに必死なくらいだったのです(もちろん、イノベーティブな社員もたくさんいました)。そのため、イノベーションに関心が低い状態というのが、想像しにくかったのです。

サラリーマン社長が多いと言われる日本では、孫正義やスティーブ・ジョブスのように、一人の天才経営者が率いるイノベーションは稀かもしれません。でも、優秀なメンバーが知恵を寄せ合ってイノベーションを起こすことはできる。まさにこの越境リーダーシップという場が、知恵の集合体なのだと感じました。「日本のイノベーションのスピードが遅いとは思わない。日本には日本の文化に合わせたやり方があるだけ」という田中さんの言葉がすっと腑に落ちました。

(TEXT:田中ありす PHOTOGRAPH:寺井彩)

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