越境リーダーシップ Meet up “LIVE!” とは、自らの想いを起点に組織の境界を越えて価値創造に挑戦する「越境リーダー」を招き、現在進行中の活動やこれからの展望を伺い、実践者同士の創発につなげていくための取り組みです。

横浜市は特定の社会的課題の解決に向け、多様な主体が参画した対話を通じて、具体的な公民連携事業を創出する「共創ラボ」などオープンイノベーションの推進に向けた様々な施策に取りくんでいます。そのなかでも注目に値するのが『リビングラボ』です。現在、横浜市内では、10地区以上でエリアの名を関したリビングラボの取組みが行われ、介護や教育、環境再生、持続可能なまちづくりなど、様々なテーマで、それぞれの地域の課題解決に向けて活動しています。

住民中心のオープンイノベーションの取り組みを推進する横浜市政策局共創推進課の関口昌幸さんに、リビングラボを通じた価値創造の可能性ついて、行政の立場からお話いただき、未来の可能性、アイデアについて対話を行いました。本レポートでは、その内容をご紹介します。

ヒッピームーブメントから始まったオープンイノベーション

「この定義は、心がワクワクしないですよね。」

専門用語が書き連ねられたオープンイノベーションの定義が書かれたスライドを示し、大胆な発言から始まった、関口さんによる『普段はしないお話』。

オープンイノベーションを遡ると、「自分が持っている資源や知恵を、他者と分かち合い、オープンでエコロジカルな社会を作っていこう」というカリフォルニアのヒッピームーブメントが、元になっているそうです。あらゆる規制や管理から解放された自由な個人が結びついてオルタナティブな社会をつくっていこうという1960年代のヒッピーたちの思想が、1990年代にシリコンバレーのデジタルテクノロジーと結びついて、生まれたものがオープンイノベーション。そのため、カリフォルニアン・イデオロギーとも言われています。

日本では、2012年頃から国がオープンデータを提唱し始め、オープンガバナンスが期待されるなかで、オープンイノベーションの重要性が高まっていきました。しかし、国や行政が政策として、体系的に構成化したり、計画を立て事業化すると、「とにかく試作品を創ってみて、それをみんなでああだこうだいいながら、実際に使ってみて、それで課題がみつかったらどんどん改善していけばいい」というカルフォルニアン・イデオロギーの先鋭的なコアな部分が、摩耗し、均されて、大人しくなってしまう。

本当に、オープンイノベーションを目指している人は、この思想の先鋭的なコアの部分を体得している。それをできるだけ損なわないように、日本の文化風土の中で、どのようにアレンジし、実現していけるのか、という視点を持って、関口さんは「共創」を目指しているのだそうです。

自治体は、市民にとって切実な問題に取り組むべき

2012年から17年まで横浜市政策局政策支援センターで、オープンデータの活用を推進してきた関口さん。ちなみにオープンデータは、機械判読可能な形で行政が保有するデータを解放することで、フリーのエンジニアや企業などに新たな製品やサービスの開発を促し、社会課題の解決や地域経済の活性化を促して行こうという取組です。

一方で横浜市は、10年前から他の自治体に先駆けて、「共創フロント」という窓口を設置。CSR(社会貢献)という視点から企業が自治体に協働事業を提案する機会を設けてきました。

3年前に関口さんがこの「共創フロント」を所管する政策局共創推進課に異動してきた際に、この仕組みを活用して、オープンデータという視点から、企業が持つ最先端のテクノロジーを活用することで、市民生活の切実な課題を、市民も、企業も、行政も三方良しで解決するプロトタイプを生み出せないかと考えたと言います。

こうして実現したのが、民間企業がオープンデータ化した保育園情報を活用して運営する保育情報サイト『働くママ応援し隊』でした。

当時、横浜市は自前のウエブサイトで保育園情報を発信していましたが、そこには最低限の情報しか掲載されておらず、また見づらく、検索しづらいなど実際に働きながら子育てをしている親御さんたちの側からすると、保育園の選択や申し込みにあたって、利用しづらいという声が挙がっていました。

一方で、関口さんが政策支援センターで、オープンデータの推進に取組んでいた当時、市内のIT企業から「自分たちで保育園情報が掲載されたサイトをつくりたいので、情報をオープンデータ化して提供してもらえないか」という提案を受けたのです。行政としては保育園情報を提供するだけで、サイト構築・運用費用はかからない。この提案をもらった、関口さん早速、横浜市役所の保育担当にオープンデータ化を打診。しかし、当初は「一企業のために、オープンデータ化するのことは難しい」と、すぐに理解してもらえなかったそうです。

そこで関口さんは、政策支援センターから共創推進課に異動すると、「共創フロント」の制度を活用して、オープンイノベーションという観点から提案した企業と共に「保育情報を公民連携で発進するためのエコシステム」を構築。特定の企業のためではなく、それが市民生活の改善、市民の幸せに繋がることを説得し続けて、三年。オープンデータ化された保育園情報を活用したサイト『働くママ応援し隊』が公開されます。

・保育園を路線や、私鉄名で検索できる
・保育園や給食の様子などが写真で見られる
・保育方針がわかる

保育園を探す方々からすると、このサイトによって、必要な情報がすぐに手に入るようになり、本当に感謝されたそうです。そして、実際に保育園の様子を見に行った方々から、新しい情報が寄せられ、情報の充実度が高まっていく。税金がかかった施策ではないのに、市民にとっても行政にとっても望ましい状態になる。このような経験を経て、横浜市役所内のオープンデータやオープンイノベーションの意識に変化が生まれ始めました。

公民連携を政策として、積極的に取り組める体制づくり

※講演スライドより

横浜市は、2018年に、中期四カ年計画に、SDGsの視点を踏まえ、データ活用・オープンイノベーション推進を盛り込みました。これは、潜在的な可能性を、社会変革に結びつけるための、革新的な取り組みだ、と計画に盛り込むことが、どのような影響を及ぼすのか、関口さんの説明が続きます。

横浜市は、巨大都市です。地域によって住民の意識や課題が異なるため、多面的に地域をとらえて、政策を展開しなければ、市民にとって効果のある施策にはなりません。そのために、つくられた事業施策が「リビングラボ」です。リビングラボは、思いつきでつくられた施策ではなく、リビングラボを実行するための条例(横浜市官民データ活用推進基本条例)があり、そのための部署もあります。このような事業施策を推進するために、横浜市は自治体として迅速に対応しました。

対応できた背景には、国の法整備があります。2016年12月、『官民データ活用推進基本法』が成立しました。それまでは、情報やデータが流出しないための「守り」のための法律しかなかったところに、データを活用することで社会課題を解決したり、経済の活性化を目指す「攻め」の法律ができたのです。日本の法律で、初めて「AI」や「IoT」という言葉が盛り込まれ、デジタルテクノロジーの重要性が謳われている法律ですが、一つだけ問題がありました。それは「行政が計画をつくらなければ、具体的な事業施策には結びつかない」ということです。この法律では都道府県に計画立案を義務付けていますが、市町村には義務付けていません。そのため、この法律を活用して、社会課題の解決に取り組むという流れにならない恐れがあります。

しかし、横浜市では、議員提案条例として、2017年の3月に官民データ活用推進基本法に関連した条例(横浜市官民データ活用推進基本条例)を制定しました。これによりオープンイノベ―ション施策として「リビングラボ」を推進するための裏付けが得られたのです。

僅か三ヶ月で、条例制定までの流れを実現できたのは、超党派の市会議員たちが主導し、外部の専門家やNPOなどの人材を含めて、志のある人たちで、越境して取り組めたから。条例ができると、行政はそれに基づいて組織体制を整え、条例の趣旨を具現化するための計画を策定しなければなりません。横浜市行政は、条例制定を受けて、データ活用やオープンイノベーションを進めるための横断的な組織を作り、計画を策定。これにより、リビングラボというオープンイノベーションの取組を行政として推進できる環境が整えられました。

地域に根ざした「リビングラボ」

そもそも「リビングラボ」とは何でしょうか。なぜ、必要なのでしょうか?

関口さんは、90年代始めからコミュニティ政策に関わってきました。1980年代頃は、地域コミュニティ活動の担い手は、3、40代の専業主婦と、定年した60代の方々でした。しかし、80年代は10人に9人いた3、40代の専業主婦は、今では10人に3人程度に。未婚率も高くなり、働いている女性も増え、定年延長により60代の就業率も高くなったことで、地域の活動を担える人材は、70代や80代と平均年齢が上がってきています。

非正規雇用も増え、仕事が安定しない不安があり、子育てによる負担もある。そんな状況では、コミュニティ活動に携わろうというゆとりを持てません。社会が大きく変わったことで、これまでのようにボランティアによるコミュニティ活動は危機に瀕しています。

このような状況で、これまでの横浜市のコミュニティ施策をインベーションするための新たな手段として取り入れられたのが「リビングラボ」です。リビングラボとは、商品やサービスの開発プロセスの企画・試作・評価といった各工程に生活者が参加し、企業と生活者とで新たな価値を共創する活動のことを指します。

※講演スライドより

 「リビングラボ」にはいくつかのタイプがあります。その代表的なモノが、「行政なり大企業が拠点敵施設を整備して、運営する」というものです。この場合、施設の維持運営が主眼となってしまい、リビングラボの本来的な活動にまで手が及ばなくなる可能性があります。また地域住民がサービスの利用者、参加者という形で受け身になってしまうケースが多く、地域に根ざした活動主体として育たない、といった課題がありました。

横浜市のリビングラボでは、課題に対してプロトタイピング(課題解決のために実働するモデル)をつくり、実際に世の中に受け入れられるのかを、行政ではなく、住民が検証・実行。それを地域に根ざした民間企業が、持続的なビジネスにしてゆく、という形式をとっています。また大企業ではなく、地元の中小企業が主な主体となることが重要なのだと、事例を通じて関口さんは教えてくれました。

地元だから逃げられない。だからこそ上手くいく

※講演スライドより

事例の一つとして、紹介されたのが「戸塚区リビングラボ」です。この事例の鍵となる企業は、地元で介護事業を営む株式会社ツクイです。彼らは、自分たちのネットワークを活かして、医師や薬剤師の中で面白い人や、尖った取り組みをしている社会福祉法人などを巻き込んで、超高齢・人口減少社会における包括的なケアサービスを創出するためのラボをつくりました。

戸塚リビングラボでは、月に何度もワークショップや会議を重ねながら年に1回、300人規模の多様な住民や企業人、学生などと対話する場として「とつか未来会議」を開催しています。この会議の趣旨は、超高齢化や気候危機による災害、人口減少による産業経済の縮小など複合化する社会課題について、多様な官民の主体がそれぞれの立場や職業、専門性を乗り越えて連携し、具体的な解決策を考案して行くという趣旨のものです。

ちなみに昨年度の「とつか未来会議」のテーマは障害者や高齢者など社会的支援が必要な人のための防災・減災対策。医療・介護・子育ての視点から災害が起きたときに何ができるのか、それぞれの分野の専門家が中心になりながら、地元住民や学生たちと共に、1日かけて徹底的に議論し、課題を共有化。さらに課題を解決するための具体的な方策について導き出しました。

※講演スライドより

もう一つの事例が「井土ヶ谷リビングラボ」です。ここでは住宅リフォーム・リノベーションを営む、株式会社太陽住建が、展開の主役となっています。元々は、太陽住建のもつ社屋の備品を地域に開放し、交流イベントをやっていました。しかし、これでは継続性のある取り組みにならない。そう考えた経営陣は、フューチャーセッションを開催し、本業と関連のある「空き家」をどのように活用したらいいのか、を空き家のオーナーを交えて、住民と議論しました。

その結果、実際に空き家を使って1階をコミュニティスペース、2階をコワーキングスペースとして、運用し始めることになりました。太陽住建がリフォームをし、自ら買い上げ、スペースを運営。1階は無償、2階は利用者から利用料をもらう、というビジネスモデルです。ここで重要なことは、このコワーキングスペースの利用料ではなく、無償で提供しているコミュニティスペースが、太陽住建の本業に貢献している、ということです。

コミュニティスペースを運営したことで、地域と顔見知りになることができました。困ったときに、声をかけてみよう。そう思って貰える関係性を築けられたことで、案件が増えていったのです。この事例が、注目を集め、国連のNYフォーラムでも紹介されました。

これらのように、地元の企業がボランティアとしてではなく、様々なステークホルダーと、お互いがWIN-WINになれるビジネスモデルをつくれば持続可能なものになる。今の時代に、社会的に価値のあるビジネスモデルをつくろうと思ったら、みんながこのように資源を投入して、マーケットを広げていくかたちでないと、できない。

地域と根ざし、逃げられない地元企業だからこそ、地域のためになる持続可能な公民連携した取り組みができる。横浜市のリビングラボが、市民にとって実益の在るものになっている理由は、そこにありました。

大切なのは、仲間探し

本イベントの後半は、参加者を交えた対話の時間。ここではいくつかのやり取りをご紹介します。

Q:何人でこれを実行されているのでしょうか?関口さん1人でここまで実現できているのですか?

関口:もちろん一人ではありません。政策局共創推進室というチームの中で取組を実施しています。また市内各地のリビングラボの活動テーマと関連する各局区の職員にも連携・参画を呼び掛けています。ただ何より大切なのは、多様な民間主体との連携です。

中でも「自分たちとは違った領域で、魂のある人を求める」ということが大切になります。そういう人たちと関係をつくっているからこそ、横浜市内のリビングラボのそれぞれのコアメンバーを集約すると100名を越えていて、日々増えている。

またどのリビングラボもSNSを積極的に活用し、ネット上で繋がっているので、物理的な制約を越えて異なる組織の人々が出会える。そして専門分野や職業がお互いに異なるメンバーが、それぞれ影響を与え合いながら、一緒にやっていける体制ができたんだと思います。リビングラボというプラットホームとつくる際に、他者を説得するのではなく、共感に基づく仲間探しをする。これがポイントです。

Q:成功するリビングラボにするためには、どうしたらいいのでしょうか?

関口:リビングラボに限らず、コミュニティでの活動が上手くいかない原因として挙げられるのが、大企業を定年退職した人が、自分が働いたときに培った「しきたり」やノウハウを持ち込もうとして、他の人たちとトラブルを起こすというケースです。

リビングラボはビジネスの力で地域課題を解決するというところに肝があるので、ビジネスのノウハウは必要なのですが、成長拡大期のビジネスモデルは、今の時代通用しません。みんなで試行錯誤しながら新たなビジネスモデルを創っていくしかない。そのためには、リビングラボを展開するチームのみんなが、他者の言葉に耳を傾け、お互いに共鳴し合いながら、活動を進めることが前提になります。

具体的に何かをするために、みんなで話しているときはワクワクします。リビングラボでは、今の学校では学び足りない人や、障害を抱えている人を混ぜて、新しい働き方を模索したりもしています。自分の内面を言葉にして、お互いに影響を与え合って、具体化していくのは、楽しいですね。

コミュニティ政策に携わってきた関口さんとしては、「地域活動は、もうボランティアに頼れない」と判断するのは、断腸の思いだったそうです。しかし、データが限界を示している。だからこそ、ビジネスとして行う必然性があると考え、リビングラボの活動に繋がっていったのです。主役は地域住民であり、地元企業。彼らが、課題解決策を試行錯誤し、遂行していくために必要となる支援を行政が行っていく。横浜市の社会実験は、社会的課題の解決だけでなく、新たな価値創造への扉を開いていくことでしょう。

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