イノベーターに欠かせない「強い志」。新規事業や価値創造を行うリーダーの「志」や「強い想い」は、いつ、どういった過程で形成されるのでしょうか。さらにその志はどのようにアクションに変換され、価値創造を支えているのでしょうか。第7回「越境リーダーシップMeet up LIVE!」*では、全国にスポーツクラブ「ルネサンス」を展開する株式会社ルネサンスで脳活性化をテーマにした新規事業に取り組まれている望月美佐緒さんをゲストに迎え、価値創造の挑戦の過程を共有していただいた後、健康社会の実現に向けた対話を行いました。

*「越境リーダーシップ Meet up LIVE!」とは、自らの想いを起点に境界を越境しながら価値創造に挑戦する「越境リーダー」を毎回一人招き、現在進行中の活動、これからの展望を伺い、実践者同士の創発につなげていくための取り組みです

「私ね、新しい事業をやる前は、やだなーと思うんですよ、ほんと大変だから」

全国470箇所以上で導入されている脳活性化メソッドを展開する望月さん。海外展開も既に始まり、展開が加速している中、彼女の口から出たのは意外な一言でした。

「私の場合、自分が気になっていることを放っておいても、ある時から、結局やらなきゃいけないという気持ちになってくるので、最近は、躊躇している時間は無駄だと思うようになったんですよね。今日みなさんには、気になることがあれば、やらないよりやったほうがいい、という動機で始める新規事業もあるということを知っていただきたいです」


そう話す望月さんの新規事業が作られるまでを本レポートではお伝えしていきます。

97%の人はフィットネスクラブに来ない、彼らの健康づくりをどうするのか

望月さんが所属するルネサンスは、40年前に化学メーカーの社内ベンチャーとして発足。現在は直営・受託をあわせてフィットネスクラブや介護事業所を約130箇所全国に展開して、フィットネス業界を率いている企業です。「生きがい創造」をミッションに、フィットネスクラブの運営から領域を広げ、現在は超高齢者向けのリハビリ特化型のデイサービスや、企業や自治体向けに健康プログラムの提供なども行なっています。

望月さんは、大阪体育大学を卒業後、ホテル・ドロスポーツプラザを経て、1987年にルネサンスに入社。長年フィットネスクラブの商品企画・開発を担当し、ヨガや格闘技などの様々なプログラムを開発してきたそうです。「たくさんの人にスポーツクラブを通して健康になってほしい」という想いで奔走する日々。しかし、フィットネスクラブには限られた人しか来ていないことに、どこかもやもやを感じていました。実は日本の人口のうち、フィットネスクラブで運動をしている人は約3%と言われています。どうすれば残りの97%に対してアプローチできるのか。もっとたくさんの人の健康づくりに携わるにはどうしたらいいのか。望月さんは模索していました。そんな中、ある調査結果が新規事業開発への挑戦を後押しします。

望月さんは、スポーツクラブを退会してしまった人やスポーツクラブに来ない人を対象に調査しました。その結果、退会した人の多くは「ついていけないから」「周りに迷惑をかけるから」という理由でやめることが明らかになったのです。

本来運動は、マイペースに行うのが効果的。隣の人の顔をみてください。自分と同じ顔の人いませんよね?体力も運動履歴も人によって違うので、同じことをやっても同じ成果がでないのは当然です。必要以上に周りを気にしたり、運動に負荷をかけすぎてしまったことで、このような調査結果になった。よりマイペースに運動ができるプログラムの開発を検討するようになりました」

さらに、入会しても足が遠のいてしまう理由の多くは、「運動は体にいいとわかっているけど、そもそも好きではない」というもの。スポーツクラブは本格的に運動する人のための場所で、自分には向いていないと感じている人に、運動を勧め続けても効果的ではないと望月さんは考えました。

「気がついたら運動をしていた、まで心理的なハードルを下げたいと思いました。当時、社会的に脳への関心が高まっていたので、脳を切り口にした新しいプログラム『シナプソロジー』の開発に着手しました」

 圧倒的な行動力でトライ&エラーを重ねる

『シナプソロジー』は、じゃんけんなどの基本動作の中で「二つのことを同時に行う」「左右で違う動きをする」ことで、脳に適度な刺激を加え続け、活性化を図るプログラムです。認知機能や運動機能の向上が期待できるほか、複数人で行うとコミュニケーションが良好になるため、現在は企業の朝礼などでも導入されているそうです。

・いつでも、どこでも、誰とでも出来る
・動きが単純で、複雑になることはない
・短時間(10分〜20分)でも成果が出る
・間違っても大丈夫。むしろ脳に良い混乱をもたらすので、間違っている時の方が脳は活性化する

という特徴を持ちます。

会場ではシナプソロジーのプログラムを一部体験。次々と変わる指示にあわせてテンポよく動作を変えていくことが求められ、参加者からは「意外と難しい!」「眠気がふっとんだ」「楽しい!」などの声があがりました。

「脳について深く学んだことがなかった」と話す望月さんですが、2011年に開発をスタートして8年、現在「シナプソロジー」は現在全国380箇所での展開に成功しています。

開発を進めたのは、望月さんの圧倒的な行動力。脳神経外科の専門家や健康指導の専門家に相談を重ねたほか、研究者の勉強会に参加しながら、シナプソロジーを行うと脳機能にどんな影響を与えるか検証を続けてきたと話します。

「日本では前例がなかったので、専門家と連携して効果のエビデンスを集めなければならないと感じていました。専門家を訪ね続けている中で『高齢化社会で認知症は大きな課題。認知症対策として有効なプログラムなので、すぐにやったほうがいい。何か困ったことがあれば、サポートはする』と言ってくださる方が増えました。プログラムは、専門家のみなさんと検証を繰り返し、設計していきました」

開発をはじめて半年、社員向けにプログラムを開催。するとインストラクターではなく、運動があまり得意ではない経理や財務担当の反応が最もよかったと言います。脳は新しい刺激に対応することで活性化するので、『シナプソロジー』の効果が一番出るのは「動作ができないとき」。運動が苦手、スポーツクラブのプログラムは難しくてついていけない、と感じる人にも有効な取り組みだと、望月さんは確信を得ていったそうです。こうして確実に内外の人を巻き込みながら、望月さんは『シナプソロジー』を推進していきました。

健康社会の実現に向けた「シナプソロジー」の可能性

脳は、心身を司る重要な器官。脳にアプローチすることで、様々な人の健康づくりを支えることができることから、『シナプソロジー』の活用の場は広がっています。

現在、全国380箇所以上の介護サービス事業に導入。学校や医療機関、ドラッグストアなどでも導入が進んでいます。さらに、法人内のインストラクターを育成するスキームづくりや、個人向けのインストラクターの資格発行などを行い、展開を進めています。

日本を先進事例に、今後は韓国や中国への展開も視野に入れていると望月さんは話します。
「中国でも今後1億人以上の人が認知症になると言われている。保険や医療機関ではケアが行き届かない領域に、自治体や企業主体で健康づくりに取り組めるよう、プログラムの開発を行なっています」

こうして勢力的に展開を進める望月さんですが、根底にあるのはシンプルな想い。

「身体を動かすことで得られるいい効果がたくさんあり、それが人を幸せにするということを、アスリートからシニアの方まで、もっともっと多くの人に実感してほしいと思っています。」

「シナプソロジーは、やってみて、失敗して、笑いあうことで脳が活性化します。私はビジネス、日常でも、自分がこれだと思うことに出会ったら、挑戦してみる。うまくいかなくて、失敗しても、笑って、次に生かしてやってみようと失敗を大切に、許容できる社会にシナプソロジーを通じて変わっていくことを願っています。」と最後に締めました。

望月さんのお話の後は、参加者全体でシナプソロジーの新たな活用案について対話を行い、様々な案が寄せられました。外国語の学習や出産後の社会復帰の機会として。職場や町内会でのコミュニケーション活性化のツールとして。そして外国人労働者の地域統合のきっかけづくりとして。誰でも対象になり、気軽にできることから、社会全体の健康づくりを進めるプログラムとして、『シナプソロジー』の大きな可能性が感じられるイベントとなりました。

筆者後記

強い志、というのは、いつ、どういったタイミングで湧いてくるのでしょうか。望月さんは、ルネサンス入社当初から脳科学に着目していたわけではなく、社会全体の健康づくりに強い課題意識を持っていたわけではありませんでした。自分が好きなものをもっと広めたいけれど、そのためにはどんな課題を解決する必要があるのだろう。自分の専門領域は何で、誰と連携することでその価値は高まるのだろう。望月さんの場合、目の前の取り組みに向き合いながら、自らの情熱と接続できる社会の課題やニーズは何かを模索する中で、「自分がやらなければだれがやるのか?今の社会ではいけない。」という主体性と強い意識が生まれていったような印象を受けます。

“Be a doer, not  a thinker”という言葉がありますが、「動きながら考える」という姿勢は、新しい事業や価値を創造する上で大きなポイントになると思います。望月さんは、スポーツや運動の価値を模索するために、専門領域をこえて、研究者や企業の人、様々な世界の人と触れ合いながらプログラムを構築していきました。その過程で、フィットネス業界にはなかった視点や価値観を知ることができ、より広く多くの人にスポーツ/運動を楽しんでもらうための視点を養えたのではないでしょうか。動きながら新しい価値創造のきっかけを模索する姿勢は、新規事業や価値創造を推進していく上では欠かせない、と望月さんの取り組みを聞いて強く感じました。望月さんの強い志によって、今後シナプソロジーがどんな分野に広がっていくのか、とても楽しみです。

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