「防災・危機管理×金融」のイノベーション

2011年8月、株式会社日本政策投資銀行がリリースした防災対策、事業継続対策が優れた企業に対して、低金利で融資する「BCM格付融資」(BCM: Business Continuity Management 事業継続マネジメント)は、今や日本だけでなく国連やダボス会議など世界から高い評価を得る日本発の金融商品に成長した。商品開発に中心的な役割を果たした蛭間 芳樹氏。彼がどのような想いから、何を目指してこの商品を世に出したのか。その原点と取り組み、これから目指していくことについて伺いました。

地震は人を殺さない、我々人間が作ったものが人を殺す

BCM格付とはどのような商品なのでしょうか

BCM格付は、企業が、あらゆる災害に対する防災・減災対策、経営戦略として事業継続を考えマネジメントしているのか、構造物の耐震性に関する法定対応からや供給責任を企業としての生き残りを踏まえた方策など約100項目の観点から4つのランク(A、B、C、D)に格付する世界初の金融技術です。高い格付を取得した企業の、自助努力と信用力を認め、融資の金利を下げる仕組みです。危機への意識と積極的な取組みの実践度が高ければ、被災しても損害が小さく倒産リスクが低いという判断になります。事業継続に関する取り組みは、有事の競争力が担保されるとだけれなく、事業環境の変化に柔軟に、積極的に企業を変革する組織能力に優れているので、中長期的な企業価値向上に貢献すると考えています。

何がきっかけでこのような商品をつくりたいと思ったのでしょうか

いくつかの原体験がこの商品開発を支えています。私が小学生時代に、夏のサッカー合宿でとてもお世話になっていた新潟県十日町が、2004年10月23日の新潟県中越地震で被災した際、当時は大学生でしたが、友人らと翌日に災害ボランティアとして現地に入りました。そこで強く感じたことがあります。それは、地震で人の命が失われるのではなく、人間が作ったもので人の命が失われるということです。

私は災害を、こうとらえています。

インプット    :自然現象そのもの 地震、津波、台風、雪
システム       :構造、組織、社会、都市/地域・・・ハードウエア、ソフトウエア、ヒューマンウエアで構成される
アウトプット      :応答、事態、影響

インプットは専門用語でハザードと言いますが、昔から変わりません。地球そのものの活動だからです。地震は100年前も1000年前もありました。そして100年後、1000年後もあります。では何が変わったかというと、システムです。システムというのは、建築物やインフラ、企業などの組織、地域や都市システムをつくったのは人間です。そうであるならば、極論をすれば、すべての災害は人災なのではないか。都市をつくっていることさえも、そのシステムが様々なハザードに対して脆弱性を有しているならば、災害につながるということではないか。それをなんとかしたい。

そして、私は大学と大学院で、都市災害軽減工学を研究しました。都市をシステムとして捉え、総合的な災害、危機管理システムや戦略の構築を考えているときに、金融という社会技術を活用することで社会のシステムを効率的、効果的に変えられるのではないかと考え、金融機関への就職を選択しました。しかし、当時(東日本大震災前)、社会はもちろん、金融分野ではでそのような取り組みは関心持って行われていないのが現状でした。

個人の強い信念で生まれ変わった商品

商品リリースまでにどのような活動をされたのでしょうか

BCM格付は、2006年から存在していた防災格付が前身となります。ただ、いろんな面に課題があって、実績が芳しくない状況でした。

私が入行したのは2009年で、いわゆる営業部門に配属されました。入行後はリーマンショック対応で倒産していく企業、路頭に迷う人々、金融のリアルな現場を目の当たりにしました。その前に決定されたいた小泉政権による政府系金融機関への対応方針決定を受け、一般の民間企業同様に、各商品の見直し論がでました。そのときに、行内に危機管理や防災を専門に学んできた人間がいると知った役員から呼び出され、意見交換をする機会がありました。私は「災害大国である日本には絶対に必要な金融商品になるよう、全面的に改定しますから私に企画させてください」と答えました。2010年の半ばくらいだったと思います。

入行したての若手で、当然、銀行員としての実績もない。私は、結果はどうであれ、これまで学んできたこと、考えていることを活かせるチャンスがきたこと自体を有難く思うとともに、自分の信念に従って行動しようと思いました。すると、信念に共感して、味方になってくれる人が少しずつ現れてくるんですね。

やっと全面的な改定ができたと思えたところに、東日本大震災が発生します。格付を行っていく上で重要となる評価シートはおよそ完成していました。そのシートが果たして顧客ニーズにあうのか、危機に直面した経営者は何を考え、どんな意思決定をしているのか、現場を徹底的に確かめようと思いました。被災地はもちろん、首都圏、関西、九州の300社ほどのさまざまな企業をまわって、今回の震災について、BCM格付があったらどうだったかを調べました。

アカデミックなバックグラウンドがあるので学術研究もあわせて行い、海外の先進事例の知見も導入しながら、課題や修正しなければならないところを抽出し、発展的に改善しました。私が描いていた理想と、危機に直面した企業の現実とが対峙し創発されたのが、今のBCM格付の評価シートの根幹となりました。そして、調査結果をもって新商品「BCM格付」を行内に提案しました。この評価シートは国のBCPガイドライン策定にも大きく貢献しました。

自分の資産は「自分能力+友達能力」

これから大切にしたいことはどのようなことですか

私たちが生きる現代の日本は、自然災害はもとより、テロ、金融危機、高齢化、人口減少など色々なリスクを抱えています。それを我々は、そのようなリスクと付き合っていかなければなりません。できれば、私たちの日々の生活に悪影響がでないようにしたい。そのときに必要な考え方は、レジリエンスです。全てを押さえ込み、封じ込めるような、絶対的な安全を要求するようなアプローチではなく、リスクと対峙し、受け入れ、適応変革していくような全体としてのレジリエンスが大事だと思います。これは個人として、組織として、地域として、社会として、国として適用できる概念です。過去にとらわれず学習できる力、自己否定的な反省が機能する力、独りよがりの競争ではなく競合他社や関係する地域や社会と共生し包摂する力、これらを都市に持たせたいと思うのです。

もちろん、己の学んだことや能力には限界があります。私は、家族や友達をとても大切に考えています。家族や友達がいる生活をとても大切に考えています。大切だから自分のできることを考えます。他者と一緒にできることを考えます。

私は自分の資産を、自分能力+友達能力だと考えています。それも圧倒的に友達能力の方が大きく重い割合を持っています。金融用語ではレバレッジといいます。言いたいことは、自分が所属していたコミュニティというものは、きちんとメンテナンスをしておけば、自分の連結資産になるということです。一個人の能力は、歴史の偉人になるような人でない限り、たかが知れています。さまざまな場面で、何事かを成したいとき、事を起こしたいときに、この友達能力、つながりの力は不可欠な時代です。ですから、どれだけ自分と違う世界観や専門をもつ多様性ある友達やコミュニティをもつか、その友達やコミュニティを大事にするかということではないかと思います。

今のコミュニティの中でできること、いながらにして越境することも視野に物事に挑むことがよいように思えます。このことは、大切な人の命が失われることのない社会をつくりたいという想いに通じていきます。

EKK-3

まとめ

蛭間さんは入行する前からの実現したいコトと強い想いをもち、職務外で事業化する足場を組織内でつくるところから始めたイントレプレナー。しかも、企画しようとする商品は会社が「廃止」の意思決定をしようというもの。そして何の業務実績のない1年目の行員。多くの逆境を乗り越えられたのは、彼が有する多様なコミュニティが支えになったと言います。

越境的な人脈を大切にすること、それは勝負するときに精神的な支えと多様な知恵の源になります。一貫した理念と志に、あるまる人と情報と知恵。本業以外にも多様な活動をする蛭間さんのコミュニティの力を社会を変える力にしていく生き方は、これからの世代の生き方の選択肢の1つになるでしょう。


蛭間 芳樹  Hiruma Yoshiki

株式会社日本政策投資銀行 環境・CSR部 BCM格付主幹
世界経済フォーラム ヤング・グローバル・リーダー2015選出
東京大学生産技術研究所都市基盤安全工学国際研究センター協力研究員
ホームレス・ワールドカップ日本代表「野武士ジャパン」コーチ、ダイバーシティフットサル実行委員
日本元気塾 米倉誠一郎塾「個の確立とリーダーシップ」 1期生
日本政策投資銀行 BCM格付 http://www.dbj.jp/solution/financial/risk_manage/

(本記事は2012年10月3日の蛭間さんの講演を元に事務局が作成いたしました)

この記事を
シェア

BACK