第5回「越境リーダーシップMeet up LIVE!」*は、映像ディレクターの田村祥宏さん(EXIT FILM inc.) と、田村さんと認知症分野で新しい取り組みを仕掛けて続けてきた岡田誠さん(認知症フレンドリージャパン・イニシアチブ:DFJI)の2人によるシナリオワークショップを開催しました。「物語の力とは?」「越境して物語を共創することが課題解決にどのような価値をもたらすのか?」といった内容を中心にワークショップの様子をレポートします。

*「越境リーダーシップ Meet up LIVE!」とは、自らの想いを起点に境界を越境しながら価値創造に挑戦する「越境リーダー」を毎回一人招き、現在進行中の活動、これからの展望を伺い、実践者同士の創発につなげていくための取り組みです

物語から生まれる越境の連鎖

物が、物の価値だけでは売れない時代。「共感されるストーリーを売れ」とビジネスにおける物語の重要性をよく耳にします。

この日、会場には様々な分野で課題解決に取り組む方々が集まっていました。「物語をつくる」という体験は、彼らにどのような気付きや変化をもたらすのでしょうか。

分野をこえて何度も一緒に福祉×映像のプロジェクトを行ってきた、映像ディレクターの田村さんとDFJIの岡田さん。はじめに、それぞれが考える映像や物語の役割と越境によって新たな価値や可能性について話しました。

岡田さん「プロジェクトを実際に進めている当事者は、多くの場合、プロジェクトの推進で手一杯で、そのプロジェクトの価値を外部に発信するところまでの余裕がありません。。「そこで何が起こっているのか」を伝える『従軍記者』的な役割が必要なのです。田村さんがもたらす映像の力は、『従軍記者』としての役割と田村さんの『作家性』によって、当事者でさえ漠然と思っていたかもしれない想いをすくい上げ、新たな物語を生み出します。そして、さらにその映像をみた人の中にも新たな気づきや物語を生み、越境が連鎖していきます。異なる立場や視点が物語をより大きな文脈へと編み上げていくのかもしれません。映像と作家性がもたらす変化を何回も目にしたように思います。 


様々なステークホルダーを巻き込んでいく田村さんの映像制作は、それ自体が大きな物語のようです。熊本県阿蘇の南小国町黒川温泉郷を舞台に制作した「KUROKAWA WONDERLAND」のプロジェクトを挙げながら、田村さんは、当事者とクリエイターが世界観を共創することの意義をこう話します。

田村さん「地域住民や行政・企業・クリエイター、幅広い人たち全員が、自分自身の理由を持って関わった。みんなでつくったから、みんなが伝えたくなる。”社会に実装される物語”ができました。」

不連続なアイデアをつなげて、いかに価値のある物語を作るか

ここからいよいよワークの時間です。今回のワークの目的は、シナリオづくりを通して参加者が物語の構造と役割を理解し、クリエイティブ思考を体感すること。ゲストのお二人が見てきた物語の価値創造の力を、参加者一人ひとりが体験し、個の想いを大きな力につなげるヒントをつかんでもらうことを狙いました。

ワークは2段階で行われました。前半は参加者一人ひとりの物語づくり、後半は個々の物語を合わせた世界観作りに挑戦。参加者はまず、学校・都市・金融・医療・AGING(時間)・移民」という社会課題のキーワードが置かれた机に着席しました。

「キーワードから、まだ物語を想像しないでくださいね」と早速、注意を促す田村さん。

アイデアは誰でも思いつくものであり、”一瞬のアイデアに価値はない”と言います。「不連続なアイデアをどのようにつなげて、価値のある物語を作るかがシナリオメイキングのポイントです」参加者は、田村さんのランダムな質問に直感的に答えてキーワードを出し、物語のジャンルを一つ選びました。

次に、隣の人とキーワードのリストを交換。社会課題のキーワードを足して、物語の一場面を作っていきます。「ポイントは”意味不明だけど、なんだか魅力的な場面”を描くこと。違和感があってもキーワードを強制的につなげてください」。できあがったシーンは周りの人と見せあい、会場が活気づいていきました。

ここからが本格的なプロット(あらすじ)づくり。先程のシーンから物語を構成する次の要素を分析し、シーンの文脈を作っていきます。

決まった条件に対して発想しているだけとはいえ、難しそうな顔で取り組む姿も。ただのキーワードだったアイデアは、徐々に物語として膨らんでいきます。

シーンから前後のあらすじを作ったら、エンディングをつけて完成です。「エンディングは、社会課題に対する作者の考えを唯一反映できる箇所」と田村さんは要求します。そして、「物語の最後に訪れる小さな奇跡が、作者であるあなたの『想い』と『思想』です。」田村さんは前半の作業を締めくくりました。

個々の物語をつないで大きな世界観を編みあげる

一人ひとりのオリジナルの物語ができあがった後、社会課題のキーワードごとにチームを組みました。個別のストーリーをつなぎあわせた「世界観」作りに挑戦です。個々のメンバーが考えたそれぞれの物語が『並行世界』として成立する世界は、果たしてどのような「世界観」によって編まれているのか。世界をさらに俯瞰して考える作業が求められます。そのような作業を通して学校・都市・金融・医療・AGING(時間)・移民」というそれぞれのテーマの中の大きな物語を、まるでタペストリーに描かれた絵画のように浮かび上がらせることができるかもしれません。

「学校は自分のアイデンティティを見つける場に僕たちの考える世界ではなっていました。自分の好きなことや、卒業したあとの人生について想いを馳せる場所です。」

「話しているうちに、都市が一つの大きな生命体のようなものとして見えてきました。いくつもの物語が、衝突やすれ違いを起こしながら蠢いている世界です。」

学校・都市・金融・医療・AGING(時間)・移民」というテーマについて、それぞれ個々に考えたストーリーをつないでみると、それぞれのテーマに対する共通の思想が見えてくるのが印象的でした。

最後に田村さんはこう締めくくります。「今日、目指したのは2つ。ひとつは映像や物語の可能性や意義を知ってもらうこと。もうひとつは人間を束縛から解放し、主体的に生きる力を身につける、リベラルアーツを体感してもらうことです。」

「こうあるべき」を手放すとき

「束縛からの解放」課題解決に取り組む人にとって、これは何を意味するのでしょうか。その答えは参加者ひとりひとりが感じ取っていました。いくつか参加者の感想をご紹介します。

「それぞれが作り出した映像や物語で具体化された世界を共有することで、個々の人が持つ多様性に気づかされました。また、偶然から生まれたものを、時間の制約の中で合理的に説明しきれないまま、強制的に言葉にしなければならず、。その結果、アウトプットは私自身が思いもよらぬものとなりました。何だか夢に出てきそうな気がしたのと同時に、『束縛から解放』とはこういうことなのかと感じました。」

「与えられた制約の中でプロットを考え、そこから徐々に自由度を高めて考えるといくプロセスが、ワークショップとしてとても楽しかったです。創造性について、個人が細かく考えを詰めていくイメージが強かったので意外な体験でした。「物語の構成を考える」ことにもスタンダードな方法論があるということは言われてみれば当たり前かもしれません。しかし、改めて最前線で活躍されている方がどのように考えているかを知ることができたのは新たな発見でした。」

「世界観を創り上げていく過程について、自分はしっかりビジョンを打ち立ててから落とし込んでいくのが正しい方法だとこれまで考えていました。一方で、最近は思考ベースで考えることと実際に手を動かして作っていくことの反復作業が必要なのかもしれないとも考えていたので、今日の体験はとても面白かったです。世界観を生み出すきっかけは、本当に偶然に誰かが思いつくたことにも関係しているからこそ、物語として面白いものができるのかもしれない、と思いました。」

筆者後記

強い想いを持って課題解決に取り組んでいる人ほど、「こうあるべき」という強すぎる想いに捉われてしまうような気がします。けれども、物語を書くときは自身の慣れ親しんだ世界から出て、世界をまるごと俯瞰することも必要です。時間や次元すら自由な枠組みで考えるとき、私たちは、見知っている論理や解答を飛び越えて、まったく新しい出口を発見することができるのかもしれません。

自分自身から生まれた様々な物語と出会うことで、私たちは、「こうあるべき」から「こうもなれる」と、もっと自由でもっと多様な方向へ自分を持っていくことができる気がします。物語は自分の中からしか生まれないからこそ、そこからさえ自由になるというのは、とても力強い体験です。(TEXT/PHOTOGRAPH:寺井彩)

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