「越境リーダーシップ」実践研究カンファレンス開催レポート
「個人起点の価値創造を育む人材育成の在り方」と題し、今多くの企業が切望している「新しい価値を生み出す」ことのできる人材とはどのような人材なのか、そしてどのように育成し活躍の場を与えることができるのか、実践事例から学びあうカンファレンスを開催いたしました。
お二人のゲストをお招きして、価値創造を実践されたご自身の経験や、そこからの知見、熱い思いを傾ける人材育成の取り組みについてお話を伺い、参加者のみなさんとともにテーマを出し合いディスカッションをした内容を振り返り、簡単にご紹介します。
フリーダムマシンに乗って
シーカヤックは「フリーダムマシン」と呼ばれることがあります。
本日のファシリテーターである三浦が「越境リーダーシップ プロジェクト」のリーダーシッププログラムの取り組みで、八重山諸島をシーカヤックで巡った時に出会った言葉から思いを込めて、会場に用意されたグループ席には八重山諸島の島々の名前がつけられました。
その心は、新しい価値の創造、組織の変革に思いを持ち集まってくださった参加者のみなさんが、自由に島(グループ席)を行き来し、日頃のいろいろなしがらみから離れ、自由な思考、発想を持っていただける場として、この時間を過ごしていただきたいという願いでした。
このカンファレンスの位置づけ、背景となる「越境リーダーシップ プロジェクト」の紹介からスタートです。
「越境リーダーシップ」プロジェクトでは個人の想いから、既存の枠組みや組織の境界を越えて、共創的に価値創造する行為を「越境リーダーシップ」とよび、共創型実践研究と実践支援に取り組んでいます。
現代の企業の多くが、企業の成長曲線という考えにおいて、「フェーズ3統合期」に差し掛かっています。将来的に既存事業が停滞、衰退期に入る前、余力があるうちに、新しい成長領域を開発する必要があります。しかし、多くの企業が抱える課題は、「フェーズ3統合期」で求められる行動は「フェーズ2定常期」で培ってきた既存事業の成功体験、カルチャーと相反するため、新たな価値創造の阻害要因になることがあるということです。
「越境リーダーシップ」プロジェクトの実践研究において、フェーズ3の企業組織において、新たな市場創出につながる価値創造を推進するために障害を乗り越え、コンセプトレベルから事業化するための行動をパターン・ランゲージという手法で実践知を体系化しました。
実践研究成果に基づき、実践者起点で価値創造を支援する企業向けプログラム開発や組織環境のデザインの取り組みを進めていくなかで、以下の問いが共通課題として浮かんできました。
・自ら主体的に新たな価値創造に取り組む個人をどう発掘するか?
・価値創造の活動を組織としてどう活性化し、支援するか?
・事業創出の取り組みをどのように組織全体の変容につなげていくか?
これからの問いについて、挑戦企業のゲストスピーカーと共に対話、探究しました。
<挑戦企業事例> 竹林 一 氏 オムロン株式会社
「起承転結人材育成論」
ミッションインポッシブルな人生は自分が何をしたいのか考えることから
「1年に1個面白いことをすること」を竹林さんはモットーとしています。1年に1個どころでは済まないほど面白い経験、経歴が繰り出され、新しい価値を生み出し続ける人材です。
その理由は、竹林さんの人間性によることはもちろんですが、要因のひとつとして、オムロンのユニークな制度が挙げられます。課長に昇格して6年目に、3か月の休暇を取得する制度です。責任者になると「自分がいないと現場は回らない」という思考になりがちです。しかし、責任者不在でも動く現場組織をつくっておくことが管理者の役割であるということが会社からのメッセージです。さらに、真のねらいは「あなたは何をするためにオムロンに入ったのか?」「本当は何がしたいのか?」を考え、やりたいことがあったら帰ってきなさいという自らの内省機会を持つことを意図しています。竹林さんは、休暇取得時に「本当にやりたいことは何か?」を考えながら15泊16日で東京から京都まで東海道を歩いて帰ったそうです。歩きながら考えたことは、新しい社会システムを構築したいという入社時の想いを新たにし、これからはエンジニアの目を輝かせたい。そのためにクリエイティブな仕事を立ち上げ続けていきたいということでした。
Willが人を動かす
そんな竹林さんが、イノベーションを興す根幹として強調されたことは「Will」の大きさ、強さです。
1つは、Willの大きさによってThink、Doが変わってくるということです。個人的な目標の達成なのか、会社を変えるのか、社会に影響を与えることなのか、Willの持ち方で考える視座、行動する範囲が違ってくる。ですから、自分は本当に何がしたいのか考える機会を定期的に持つことが大切になります。
2つ目は、新しいことを創造する際には、既存事業やルールとのハレーションが必ず起きるものです。賛同よりも否定的な見方が多いことも少なくありません。抵抗や障害を乗り越えていくためにはWillの強さが欠かせません。
また、アイデアソン、ハッカソンでアイデアがたくさん出ても、アイデア止まりで終わることはとても多い。Willが伴わないものは、行動に移らないのです。
3つ目は、Willこそが人を動かします。Willに賛同し、共感できる人とは、具体的なコンセプトも共有することができ、共創が生まれやすい。企業間の協働、オープンイノベーション、アライアンスの立ち上げでは特に必要になります。
Willが動かす実践ケースとして紹介してくださったのは「秘密結社モデル」。同じ目的、Willを持った人が組織を越えて集まり、水面下の活動から始めることです。共に探究、実験活動を進めていくことで、強力なWillで成り立っているチームがオープンに新たなビジネスを創造し、推進することになるという仕組みです。
起承転結人材のバランスと融合
竹林さんが、ご自身の実践や指揮・指導された経験、知見から提起されている「”起承転結”人財モデル」という考え方があります。
企業において、アイデアで終わらせることなく、価値創造を実現し、やり抜くための人材のバリエーションは、登場する順に“起承転結”の4つに分けることができるというものです。
起:0から1を仕掛ける、アイデアを妄想し、行動する人材
承:1をN倍化(10、100、∞)する事業の構造をデザインする人材
転:1をN倍化する過程で効率化、リスクを最小化する人材
結:仕組みをきっちりオペレーションする人材
イノベーションを興すには、この人材のバランスが重要になります。創業時には「起承」の人材が事業を牽引する。安定成長が続くと「転結」の人材が増えていきます。
起承は「クリエーション」:妄想し、やってみて、わかったことから本質を突いたビジネスを構想する。
転結は「オペレーション」:綿密な計画を立て、リソースを最適化し、着実に実行する。クリエーションとオペレーションの両方が連結、融合して、初めてイノベーションが生れます。
難しいのは、「起承」と「転結」では文化が違うことです。たとえて言うならば、「転結」は失敗が許されない「武士の文化」。品質に問題があるなど事故が起きることは許されないこと。大きな失敗は切腹(減点)につながります。一方、「起承」は「忍者の文化」。成果に向けてスピーディーに行動し、失敗から学び、生かします。失敗したからといって毎度切腹していたらいくつ命があっても足りません、生きて、情報をとって帰ってこなくてはならない。また、事業化のタイミングがくるまで、隠れ、耐えて、忍ぶことも必要になります。特徴が見事にわかりやすく整理されていて、深くうなずく内容です。
現在の変革期の日本企業においては、「起」「承」の人材が求められます。特にビジネスプロデュースできる「承」人材を育てることが必要です。そして、起承と転結の人材特徴と文化の違いを理解し、自覚してプロデュースできるトップマネジメントを担える人材が大切になるというのが竹林さんの見解です。
<挑戦企業事例> 東矢 努 氏 株式会社NTTデータ
「イノベーション・リーダーの発掘と育成」
東矢さんの価値創造の実践者としての経験は強烈で、グッと物語に引き込まれていきます。こうして私たちの知らないところで社会インフラの変革が起こっているのは、立ちはだかる障壁を乗り越える、「情熱」を持った人がいたからこそです。
人事を尽くして「潮目」を待つ
119番、110番など緊急通報のシステムは、携帯電話が登場したことによって大きく変わりました。どこからかかってくるかわからない通報にどう対応するかという問題への挑戦。しかも、NTT、KDDI、ソフトバンクなど複数のキャリアが並立し、もはや一企業で解決できる問題ではなくなってしまいました。
しかし、ここを何としてもやり遂げたいという当時の東矢さんの思いは、一個人一企業の利益ではなく社会的な価値、一人でも多くの人の命を救える可能性が広がることへのこだわりでした。その思いが、競合となる企業、消防や総務省などの管轄省庁、関係機関を集めてのアメリカ視察を実現。そして、偶然にも現地で9.11同時多発テロに遭遇します。視察に参加した関係者の意識がいっきに変わった。これを「潮目がきた」と言う東矢さん。
ことは動き始めますが、そこからの苦労は、技術の問題よりも、いわゆる「しがらみ」の問題で、運用やルールの整備は、法律(総務省の省令)を作る・変えるというレベルにも及んだそうです。
覚悟はできているか?
この一大プロジェクトをやり切った東矢さんが、ご自身の経験から重視する「価値創造に必要なポイント」は、まるで自らの覚悟を確かめるような問いかけの言葉でできています。
中でも、「利害対立者をつくらない」という点で、「洗脳、除去」という過激な言葉を使っていますが、意図するところは、損得の利害対立が起こる前に根本的な「社会をどうしていきたいのか」という目的、実現する価値を合意して、協力者として参画してもらうことです。イノベーションを興すことは1人でできず、仲間をつくる必要があります。一見すると、自分の想いに共感、賛同してくれる人をイメージしがちですが、社会システムを変えていく際には、自分の想いに共感してくれないプロジェクトに関わる利害関係者も仲間にすることで目的を実現できる。そのためには、逆風であっても、対立しても、受け止め、対話し、描く社会のビジョンに向けてぶれずに進む、自らの覚悟が大切になるということでした。
「熱量の高い人」を見出し、引き上げる
その東矢さんが、今まさに、その熱い思いを注いでいるのが、後進の育成です。
背景として、ビジネスの環境が変化し、求められる人材が大きく変わってきていることが挙げられます。
既存事業の延長線のビジネスでは、連続的な変化に対応するための「職務熟練力」や「変革追随力」が重要でした。新たな成長機会の創造が必要になっている現在では、不確実で非連続な変化のなかで、「変化創出力」が求められます。高度なジェネラリティ(総合能力)とスペシャリティ(専門能力)を有する人材が急務となっているのです。
2017年に「イノベーション・リーダープログラム」という実践型の人材育成施策をスタートしました。30代前後の「周りが見えてきた」と同時に「自分が成す仕事は何かを悩み始める」時期の社員を対象に、「価値を創造できる人材」の発掘と育成に取り組んでいます。
価値創造に必要な中核な要素は、現在の能力よりも自らの意欲、意思です。ですから、会社の選抜や他者推薦ではなく、社員自らの意思で手を挙げる場をつくり、主体的な選択でエントリーしてきた人の中から、「自分は、何がしたいのか?」「何がしたくて、この会社に入ったのか?」「何を実現したいのか?」をアピールしてもらい、「熱量の高い人」から参加者を選んでいます。
価値創造は個のリーダーシップ行動が起点となる
プログラムでは、会社が与えるテーマではなく、自分自身が本当にやりたい事業テーマを扱います。
自分自身の意思が伴わないと、価値創造は生まれません。意思が伴った行動を起こしていくリーダーシップが新たな価値創造に不可欠だからです。ですから、アイデアにとどめることなく、どんどん会社の外に出て行って自分の足で動いてインタビューを行い、自分の想いやアイデアが通用するのか、真のニーズ解決策は何か、検証行動に取り組みます。仮説検証の行動を重ねることは、共通する目的に向かって取り組む人たちとの出会いを生み、本質に迫り、社会、市場で価値を生むものになっていきます。そうなると研修は研修で終わりません。そして、行動による検証成果が伴った事業アイデア・構想について、自分がどんな社会を実現したいのか役員にプレゼンし、活動の承認、支援を得るための機会を用意しています。
このプロセスを通じて、価値創造を興すために大切なことを自らの体験から、気づき、体得することを重視しています。
東矢さんは、この体験を通じて、価値創造を自分事として根づかせるためには「何のために」という目的を自分に常に問い続けることが大切だと考えています。さらに、その問いの根本には、人や社会を幸せにしたいと願う『愛』が深く関係していると訴えます。
一方、実践の体験から得た知見、実践知が現場に戻ってゼロリセットにならないために、育成施策の出口戦略(アサインメント、キャリアデザイン、評価・処遇等)が課題であるというお話をいただきました。
グループダイアログ
参加者のみなさんには、竹林さん、東矢さんそれぞれの取り組みのお話の後に、グループ対話で意見や感想、気づきなどを共有していただきました。また、この後、参加者自ら、みんなで話し合い探究したいテーマを出し、次の5つのテーマについて、主体的に分かれて対話を行いました。
探究テーマ:
- 人事におけるイノベーションって何?
- イノベーション人材育成の出口戦略は?
- 「時」がくるまで、どう待つか?
- 研修以外にできることは?
- 本気でやり抜く人材の育て方、見つけ方は?
価値創造を興す人材の育成、組織開発は、取り組む途上であり、自社のビジネス、組織風土、人に対応した取り組みにしていく必要があります。参加された事業組織責任者、組織・人材開発責任者の方々もまさにWillを持った変革に挑戦するリーダーたち。自らの体験や挑戦から得た知見を持ち寄り、真剣な対話が行われました。
終了後は、懇親会で、もっと話したい、もっと聴きたい、意見交換、情報交換で盛り上がりました。
「越境リーダーシップ」プロジェクトでは、今後、継続的に価値創造が持続的に生まれる人材開発・組織開発の変革に挑戦する方々とともに学び合い、実践する実践研究の活動を継続的に行ってまいります。
Willを持った方々との今後の取り組みが楽しみです。
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