国境を越えた価値創造。
一人でも多くの人を出来るだけ早く救い、貧困からの脱却を支援する

アフリカを中心に国際調達される長期残効型防虫蚊帳「オリセット®・ネット」。公的資金によりアフリカ諸国に届けるモデルに加え、 「必要とする人に直接販売し、届けるモデルをつくりたい」と考え、NGOと連携した草の根販売のビジネスモデルを立ち上げ、アジア諸国における販路拡大に努めている山口 真広氏。事業の原点と事業が成長した結果、新たに生じている課題や目指していることについて伺いしました。

数百万人の命をマラリアから救ったオリセット®・ネット

オリセット®・ネットとは何でしょうか

防虫剤を練りこんだポリエチレン製の糸で織られたマラリア防除用の蚊帳で、耐久性に優れ、防虫剤が糸の中から表面へ徐々に染み出し、繰り返し洗濯しても効果が5年以上持続する点が特長です。2001年にはWHO(世界保健機関)から世界で初めて長期残効型防虫蚊帳としての効果が認められ、使用が全面推奨されています。現在、世界基金(The Global Fund)などの国際機関を通じて、アフリカの国々に供給され、これまで2億張以上を販売しています。また、タンザニアの工場では、雇用を生み出すことで、地域経済に貢献しており、約7,000人の女性を雇用しています。WHOに推奨されている競合は10社以上いますが、アフリカで現地生産しているのは住友化学だけです。アフリカで、アフリカの問題を、アフリカの人々の手で解決する、この事業を通じ、持続的にマラリア撲滅に貢献したいと思っています。

2000年時点と比べると、現在では、マラリア罹患数は約40%減少、マラリアによる死亡数は約60%減ったと試算されています。その結果、オリセット®ネットを初めとしたマラリア防圧事業により、約620万人の命を、救ったと評価されています。

山口さんが事業に参画するきっかけは何だったのでしょうか

アフリカの為に何か出来ないか、という単純な想いで青年海外協力隊に参加し、エチオピアで2年間を過ごしました。しかし当時は何もできず、何でもいいから一つ能力を身に付けて、またアフリカに戻り、お世話になったアフリカの人々に恩返しがたいと思い、アフリカでオリセット®・ネットを販売している住友化学に入社しました。

 薄れていく当初の精神、誰のためのビジネスかを忘れないために

今はどのようなことに取り組まれていますか

オリセット®・ネット事業は、国際競争入札による販売が中心です。しかし、国際機関にとって、入札を通じ、同じ予算でできるだけ多くの人に、出来るだけ多くの蚊帳を配ることが重要になります。そのため、ジェネリック品等と比べるとコストの高い当社製品は国際競争力が低下し、厳しい事業環境に晒されています。マラリア撲滅へのコミットメントを止めない、そしてアフリカの雇用を守るため、利益を下支えできるような一般消費者向けのビジネスモデルを拡大するため、2013年よりアジアで新しいビジネスモデルの構築を始め、携わっています。

公的資金に依存したビジネスでは、資金が無くなってしまうと事業自体が継続出来ません。それを避けるためには公的資金に依存しない方法で、オリセット®・ネットを必要としている人に直接販売するモデルが必要と考えていました。そこで、まずは東南アジアで出店を加速するイオンとコ・ブランドしてトップバリューオリセット®・ネットとして販売を始めました。また、マラリアは貧困と関連深く、地方の貧しい人達が罹患しやすい貧困病です。貧しいために体力がなくマラリアを発症し、病気により働けなくなり、その結果、収入が減り更に貧困になるという貧困のスパイラルが問題です。そのためスーパーマーケット等のモダンリテールが浸透していない地域では、独自の販路構築が必要、と考え地方に広いネットワークを持つNGOと一緒に、マイクロファイナンスを活用した試みなど草の根的な活動をバングラディッシュで始めています。

苦労されている点は何でしょうか

国によって流通が異なります。スーパーマーケットが浸透しているタイやマレーシアでは蚊帳コーナーがあるので既存流通を利用しやすいですが、モダンリテールのない地域では蚊帳屋や布屋、NGOなどに直接アプローチしないといけません。またNGOと協働したマイクロファイナンス・モデル(オリセット®ロールを資金と合わせ提供する起業家創造モデル)の場合、お金だけなら展開しやすいのですが、ロールというモノを運ばないといけないため、ロジスティックスや新しい金融商品に関するスタッフへの教育が必要になります。そのため、お金だけの時とは違いNGOのオペレーションが煩雑になるため、モデルの浸透に苦戦を強いられています。

競争が激化していることで、利益は減ってきており、事業への見る目が厳しくなっています。国連の定める目標では、MDGsの「マラリア死亡率の半減」から、SDGsでは「マラリア撲滅」へと目標が見直され、公的資金の継続性としては追い風ですが、新製品の投入等により、競争力を上げることが課題になっています。一般消費者向販売事業でも、一つずつ小さい実績でもいいから、実績を創っていくように努力しています。

オリセット®事業は10年以上続き、当初よりも事業の理念・目的が薄れてしまいかねません。ですから、現場で何が起きているのかを、自分の体験として理解することが、愚直に事業を行うために重要だと感じています。地元の人々の暮らしを見ているうちに、自分でも何かできることはないだろうか?と考え始めると人は変わっていきます。想いが大事であり、誰のための事業で、何のための事業であるのか、ぶれない軸を持つことで、取り組む覚悟に温度感の違いが現れます。意思決定者に現地に来てもらうなど同じ目線で話ができるように工夫することも心がけています。

蚊帳からの脱却、マラリア撲滅に向け持続できるビジネスへ

今後、目指していくことを教えてください

オリセット®を必要としている人が、いつでも必要な時に買える状態をできるだけたくさんの国で実現することが重要な任務の一つだと思っています。また、アジアでは、日本で蚊帳を使用しなくなったように、将来的には網戸やカーテン、テントなど蚊帳ではない製品を様々なメーカーとコラボレーションし、販売、収益を上げることで事業の継続性を高めたいと考えています。メーカーにとってもオリセット®・ネットの共感性の高いストーリーによりブランド価値を高めることができると思いますし、結果的に、マラリア撲滅の役割を双方が担っているという想いを根幹に、新しい価値を共創出来るといいですね。

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まとめ

就活生の多くが、入社したら入りたい事業にオリセット・ネットと答えるそうです。それだけ人を惹きつける社会的に意義のある製品であっても、ビジネスとしてやる以上は予算や事業規模、継続性が重要になってきます。ビジネスとして始める段階でも様々なチャレンジがありますが、山口さんの場合は、スタート後、社内外の環境が変わったことで、従来の価値観や目指していることを大切にしつつ、新しいことにチャレンジしなければなりません。

「現場の日々の数字的なところは僕の力不足。一番辛いのは短期的な業績の側面から優先順位をつけろ、と言われること」とおっしゃる山口さん。誰よりも強い想いを持っているからこそ、短期的な視点だけではなく長期的な視点で物事を考えて、事業の社会的使命と事業継続性の両立を実現しようとされています。国を越えての活動は予想外の出来事も多く、時間を要することも多い。命に関わるからこそ、必要な人に届けるために「できるだけ早く」が意思決定において重要な基準になる。その想いに共感する人や企業との新たな展開が楽しみです。

 


山口 真広    Yamaguchi Masahiro

住友化学株式会社
生活環境事業部グローバルマーケティング部 ベクターコントロール
コンシューマー・ビジネスユニット アジア

アフリカを中心に国際調達で販売されている長期残効型防虫蚊帳、オリセット・ネット。公的資金により届アフリカ諸国に届けるモデルに加え、 「必要とする人に直接販売し、届けるモデルをつくりたい」と考え、NGOと連携した草の根販売のビジネスモデルを立ち上げ、アジア諸国における販路拡大に努めている。

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